学生スタートアップ起業家の盲点 ~作成しておくべき書式~

書式

知的財産編

仲間と一緒に開発したそのシステムやアプリ、本当に使えるものですか?
発明者には権利が発生します。設立した会社がシステムやアプリを利用できるよう、作成しておくべき書面があります。

覚書①(Word)  様式 | 解説コメント付き
譲渡契約書(Word)  様式 | 解説コメント付き

※ 知的財産権につきましては所属大学の窓口とご相談ください

賞金(活動支援金)の活用編

コンテストで受領した賞金は誰のものでしょうか?
賞金を資本金に充てるために、作成しておくべき書面があります。
また、出資者(株主)を誰にするかも合わせて検討しておく必要があります。

覚書②(Word)  様式 | 解説コメント付き

設例&解説

上記書式の必要性は以下の相談を想定すれば理解できるでしょう。
実際に以下のような相談が寄せられており、ありがちな事例だと思われます。

Aさんは独創的なビジネスアイデアを思いつき、起業を目指して同志を集めました。その過程で、大学内のエンジニアたちと意気投合し、チームを結成しました。
そのチームでビジネスコンテストに臨んだところ、大賞をとることができ、賞金(活動支援金)××円をもらいました。
アプリの開発も軌道に乗り、本格的にビジネスを発展させたいので、法人化すべく会社を立ち上げることにしました。
株主が多いと後々苦労すると聞き、最初の株主はAさん一人にしたいと思います。また、いただいた賞金は事業のために使いたいので、会社の資本金に充てようと考えています。
そうしたところ、エンジニアのメンバーの一人Bさんから、賞金は自分のものでもあるから、自分も株主にしてほしい、開発した自分には知的財産権があるはずだから、株式を50%くれないと開発したアプリを使わないでほしいと言われました。
どうすればいいでしょうか?

解説1. アプリの権利

発明者には特許を受ける権利があり、デザインやプログラムの創作者には著作権が発生します。
したがって、エンジニアのBさんには、開発したアプリについて、特許を受ける権利や著作権が帰属している可能性があり、「開発した自分には知的財産権があるはずだ」というBさんの主張には根拠があるかもしれません。
設例の場合、設立した会社が安全にアプリを利用するためにBさんの言うとおりに株式の50%を渡すか、後で知的財産権に関するトラブルが発生し得るリスクを抱えたままBさんの要求を拒否するか、という選択に迫られてしまいます。
このような事態を防ぐためには、プロダクトの開発に関わった人たちとの間で、知的財産権の移転に関する覚書を取り交わしておくことが有用です。
この点、会社設立の時期がまだ先または未定の場合も多いと思われ、そのときは代表者になる予定の者に移転させる旨の【覚書①】を取り交わしておくことが望まれます。【覚書①】で権利を代表者に集めた後、会社を設立した際は、代表者から会社に権利を移転させるために【譲渡契約書】を作成する必要があります。
他方、会社設立後または設立間近の場合は、会社に移転させる旨の【覚書①】の乙欄修正版を作成すれば、上述した譲渡契約書は不要です。
なお、特許を受けるためには、発明が第三者(秘密保持義務を負う者を除く)に知られていない必要がありますので、覚書には、発明に関する秘密保持義務を負う旨の規定も入れておくと良いでしょう(覚書①には入っています)。
覚書の通数としては、2通作成して、1通ずつ持ち合うのが適切です(他の書面も同様です)。開発者が複数名いる場合は、甲欄に複数人(甲1、甲2・・・)記載する方法も可能です(その場合は、人数分作成して持ち合うのが適切です)。1通だけ作成する場合は、原本を持っておきましょう。

≪税金のお話≫

知的財産権には金銭的価値があります。金銭的価値があるということは、税金が課される可能性があります。
税金を課されるかどうかを検討する場合、知的財産権の評価額を算出する必要があります。しかし、知的財産権を評価しようにも定価のようなものは存在しません。そのため、その知的財産権から現に得られている収益を元に算出することが多いです。
設例のような、これから会社を設立するようなケースは、まだ収益が生じていないことが多いと思います。この場合は評価額を算出することが難しいため、税金が問題になることは少ないと考えられます。

解説2. 賞金の取り扱い

任意団体であるチームには、民法上の組合ないしそれに準じた法解釈が適用されると考えらます(一定の要件を満たす場合、権利能力なき社団となる場合もあり得ますが、ここでは詳述しません)。
組合の財産は共有(合有)であり、メンバーに持分があります。
したがって、Bさんの「賞金は自分のものでもある」という言い分には一理あります。
そして、そのチームの賞金をAさん一人の出資金に充てるのは、Bさんの持分も含めたチームの財産をAさんに贈与されたものと捉えられます。
この点、チームの財産を代表者が自身に贈与することは、チームメンバーと代表者個人との間の利益が相反するため問題となり(利益相反行為)、またメンバーの持分を代表者が勝手に処分することは、代表者がチームに対して負う善管注意義務に違反する行為だとされる可能性もあります。
したがって、賞金を法人化する会社の出資金としたい場合は、あらかじめメンバー全員の同意を得ておくのが安全だと考えられます。
そこで、メンバーの同意を明確にすべく【覚書②】を作成しておくことが望まれます。

≪税金のお話≫

例えば、メンバー5人のチームが100万円の賞金を獲得し、1人当たり20万円の権利があるとしましょう。法人を設立する際に、各メンバーが20万円ずつ出資する場合は問題ありません。しかし、賞金を代表者に集約し、代表者のみ出資者となる場合は、残りの4人からの80万円は贈与を受けたとみなされる可能性があります。この贈与とみなされる金額によっては、代表者に税金が課される可能性があります。

補足

(1)協議について
上記の解説1と解説2は、チームの権利や財産を代表者や会社に集めるものです。これは、後の会社運営を円滑に進めるためのものですが、チームメンバーにとっては、自分の努力がどのような形で報われるのかというデリケートな問題をはらむ事柄です。
したがって、何の説明もなく書面への署名だけを求めるのでは、上手くいかないことも考えられます。
チームメンバーは、会社が大きくなれば自分も報われる、立ち上げメンバーとしてそれなりの待遇が予定されているなど、権利を移転するには何らかの動機があると考えられます。
代表者は、メンバーの感情に配慮し、ビジョンを共有するなどのコミュニケーションを通じて、書面作成を実現することが望まれます。

(2)作成時期について
チームのメンバーの中には将来的に離脱する者が出てくる可能性があります。時間が経過した後で離脱者に書面を書いてもらうのは気まずく、難しくなります。
できれば、システムを開発したときや、賞金を受領したときなどに書いてもらうのが望ましいでしょう。

解説担当

大川 智也 

弁理士
城南国際特許事務所 代表

特許事務所・医療機器メーカーにおいて、権利化のみならず、ライセンス交渉、共同開発先との折衝、係争等の種々の知的財産業務を経験。スタートアップ企業の知的財産業務にも数多く携わっている。

大野 利郎 

税理士
税理士事務所HERITAGE(ヘリテージ)代表

学生起業家を含むスタートアップの税務顧問を中心に、法人向けサービスを主に取り扱っている。エンジェル投資やエンジェル税制の活用も積極的に行っている。

加藤 淳也 

弁護士・弁理士
城南法律事務所 代表

株式会社エイチーム社外取締役、その他複数のスタートアップ企業の社外役員を歴任。名古屋大学法科大学院非常勤講師、その他複数の大学の非常勤講師を歴任。2021年愛知県スタートアップ支援拠点「PRE-STATION Ai」メンター。スタートアップ企業の法律顧問、知的財産、M&A、人事労務、企業法務等を手掛けている。

丸山 洋一郎 

司法書士
司法書士法人丸山洋一郎事務所代表
NAC(名古屋エンジェル投資家コミュニティ)代表代行

上場を目指すようなスタートアップ企業の商業登記手続き(VCからの資本を調達する際の種類株式、ストックオプション、組織再編)を専門分野とする。

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